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  • 2021.12.28
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  • 02. 那智勝浦が、特別な場所である理由

  • 2019年の7月に、地元である熊野(那智勝浦)にゲストハウス WhyKumanoをオープンした後呂さん。

    「やはり地元愛が全ての軸であり理念。“熊野をもっと知ってもらうことに結びついているか?”という観点で常に動いています」

全国の宿泊施設の中でゲストハウスが占める割合はわずか4%。なぜ後呂さんは、民宿や旅館、ホテルではなく、ゲストハウスを立ち上げたのだろうか?

「ホテルや旅館への宿泊は、ほぼ一泊二食が付いている。チェックインをして、食事をして、温泉に入って寝て、朝食を食べて、お土産屋もある。全て施設内で完結する。施設の経営的にはそれで良いと思うけど、街にとっては良くないかもしれない。施設内だけでなく、もっと街に出ることで良い印象を持ってもらって、リピーターとして再び訪れてほしいんですよね」

後呂さんが切実に願うのは、那智勝浦へのリピート訪問。そのために大切なことは何なのだろうか。

「那智の滝はとてもいい場所。でも、良い景色は一度見れば十分。次はまた違う景色を見たいと思ってしまう。再び来てもらうために大切なのは、やっぱり人。“その人に会いたい”と思ってもらえる街になるべきだと思う。だから、WhyKumanoはラウンジを地元の人も来ることができるカフェバーにした。本来、宿泊客のラウンジとカフェバーは別ですが一緒にして、宿泊客と地元の方の交流の場にしたかったんです」

日本中を旅した後呂さんの記憶に残っているのは、景色より人。WhyKumanoは訪れた人と、地元の人を繋ぐ場所なのだ。

一方で、熊野古道の終着点である那智勝浦は、観光地として特別な要素を持っていると言う。

「“道”の世界遺産って、世界中で2箇所しかない。スペインの巡礼路と熊野古道。道の観光は特殊で、参加者が皆同じルートを辿る。例えば広島に来たら、次にどこへ行くかは皆それぞれ違う。博多かもしれないし、東京かもしれない。でも、熊野古道では皆が同じ道を歩き、同じ目的地に向かうんです」

言われて気づく、“道”という世界遺産の特殊性。特別な場所だからこそ、旅人の中に湧き上がる気持ちや行動があるそうだ。

「熊野古道は、田辺市から4日間ぐらいをかけて皆が歩く。その道程で旅人同士が再会するんです。同じ道を歩いてくるので、“また会いましたね”となる。ゴールである那智勝浦のWhyKumanoに泊まった人同士が、“○○にいましたよね?”と意気投合する。あるいは、一人旅同士で予約していたのに、道中で仲良くなり、一緒に泊まりに来ることもある。那智勝浦は、人々が知り合った状態で来る特殊な場所なんです」

熊野古道の終着点、那智勝浦。そこではいろんなストーリーが生まれただろう。

「熊野古道を歩き終わると、やはりお酒を飲む。お土産も買う。ラストスポットであることは、とても重要。“おつかれさまです”ではなく、“おめでとう”と称え合う場所なんです」

温泉、熊野古道、マグロの街と言われる那智勝浦。後呂さんは、そこにもう一つ付け加えたい呼び名があるという。

「それは、“さよならの街”。熊野古道で知り合った人たちが、ここを最後にそれぞれの旅路に戻る場所。ずっと歩いてきた旅に、別れを告げる場所。“またどこかで会いましょう”とハグして別れる場所が那智勝浦。そんなストーリーがある場所は、他にはない。すごく特殊で、大切な意味がある場所。僕もたくさんの旅人を見送ってきました」

「一人旅って人と体験を共有するのが難しいけど、WhyKumanoでは一人旅の旅人同士が体験を共有できる。旅人同士が集まって最後の乾杯を行える。だから、毎晩夜20時に乾杯をして、感動を分かち合う企画もしていたんですよ」

世界中から旅人が集うWhyKumano。しかし、この毎晩20時の乾杯企画は実行されなかった。そう、コロナ禍が始まったのである。

OPENから1年も経たないうちに襲ってきたコロナ禍と言う未曾有の危機。しかし、後呂さんは独自のアイデアで、この危機を乗り越えていく。

(続く)

(取材、文章 副編集長 横谷真一)

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